エリック・サティからイゴール・ストラヴィンスキーへアルクイユ=カシャン 1922年7月3日
親愛なるストラヴィンスキー
お元気ですか。
… お願いしたい大切な用事があります。それは、あるアメリカ合衆国の大雑誌
(注1)から、あなたについて書くよう依頼された評論のことです。ご反対はなさらないだろうと思っております。
その評論の内容はまじめなものですが、読者の目には「平易で軽く」なければなりません。
どうか以下の質問への答えを送ってください。
氏名
出生地
生年月日
あなたの師(順に願います)
作品一覧(年代、演奏地、出版社名)
あなたについて書かれた冊子や評論で、主要なものを挙げてください。
私はあなたを信頼しておりますので、ご自身についてとくに私が語るべき事柄を、私にお聞かせ願えますか。
できるだけ早いご返事をいただけるよう切に願っております。 敬具
エリック・サティ
(注1)ヴァニティー・フェア誌*****エリック・サティからイゴール・ストラヴィンスキーへアルクイユ=カシャン 1922年8月9日
親愛なる高名な友よ。「短くも」暖かい言葉をありがとう。
このところ毎日、例の評論にかかっていたのです。あなたを忘れていたわけではありません。
私は話題にしたくもない批評家連中のように「大御所(ピオン)」ぶりたくはないので、あなたを評価したりはしません。まったく連中は馬鹿で哀れなものです。まあ驚くにはあたりません。彼らはその上、低能なのですから。
友よ、私はあなたを評価したりはしません。あなたを敬愛し、あなたそのものである麗しい「光明」について、書きたいのです。お互いよく知っている、あの「糞まじめ」と、あなたを混同するような真似は、私にはできません。彼らは何という陰気な「間抜け」なんでしょう。
『パラード』をお送りいたします。
ご夫人によろしくお伝えください。 敬具
ES
*****ストラヴィンスキー「エリック・サティ…気に入った。抜けめのないヤツだ。
小才がきき、知的に意地悪でね。」
エリック・サティからシュザンヌ・ヴァラドンへパリ 93年3月11日(注2)
可愛いビキ
できっこないよ
お前のことを考えずにいるのは
お前は丸ごと僕の中にある、どこでも僕は
お前の瞳しか見ないんだ
素敵な瞳、それに優しい手と
子供のようなきゃしゃな足
お前は幸せだ
お前の透き通った額に皺がよるのは、僕の貧しい思考のせいでも
僕に会えない憂いからでもあるまい
ところが僕は凍てつく孤独だけで
頭がカラッポになり
心は悲しみであふれるんだ
忘れないでおくれ、お前の哀れな友が
次の三つの約束の内、ひとつは叶うと期待していることを
1. 今夜、9時15分前に僕の家で
2. 明朝、やはり僕の家で
3. 明日の晩、(メゾン・オリヴィエの)デデのところで
付け加えておこう、愛しいビキ、僕はちっとも
怒らないよ、もしお前が約束の日時に来なくても
今では僕は無茶苦茶にものわかりが良くなっているんだ、それに
お前に会うのは幸福そのものだけど
そろそろわかり出したよ、お前には、したいことのできない時もあるんだってね
ねえ、ビキ、何にだって始まりがある
この胸にお前を抱きしめよう
エリック・サティ コルト街6番地
(注2)1893年。サティがまだモンマルトルにいた頃。宛先のシュザンヌは当時サティの隣に住んでいました。※シュザンヌへの手紙が投函されることはありませんでした。それは彼の死後、弟のコンラッドによって発見され、その手紙の束はシュザンヌへ渡されのだそうです。いやはや…■サティと手紙サティにとって手紙はお気に入りのコミュニケーション方法でした。
書式も多様で、送る相手やその時の気分、用途などによって使い分けられていました。
例えば、気楽な雑談のときには儀礼的な頭書きと末尾に社交辞令をつける、忘れてはならない重大なことがある日には、そのことを書いた手紙をわざわざ自分宛に送る、そして手紙を出すときは必ず、自分の名前は省略せずに書く
(宛先が隣人の恋人であっても)…といった具合です。
ほかにも巨大なレターヘッドや、赤インクと黒インクで交互に書かれた文面、不自然な字配り、そしてごく普通のはがきや便せんに勿体ぶった筆跡で書くといったグラフィック・デザイナーよろしく、アートなこだわりがあったようです。
サティの手紙の多くは捨てられたり、秘密にして隠されたりして失われてしまいましたが、
残された手紙の断片からでも彼の知られざる意外な一面を伺い知ることは十分に可能です。
社交的で礼儀も正しく、おまけにこんなに情熱的だなんて意外じゃないですか。
奇人変人のイメージが強いサティですが、本当のところ、単に「
自分に正直な人」なんだと思います。
だからこそ当時としては珍しく、自分を見失わずに彼特有のスタイルを築きあげることができたのではないでしょうか。
俗にいうサティのイメージはその正直さゆえに生じた誤解が作り上げた産物のような気がします。
(むしろ人間臭い方だと思うんですよねー)なるほど、サティの魅力はとてもとても奥深いのでした。
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