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『クラシック』と『料理』の  おいしい関係


by naxosjapan

第5回 ドビュッシー 「見果てぬ夢の甘い宝石」

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Claude Achille Debussy
(1862-1918)

「嗜好」、「思考」。
「恋愛」、「偏愛」。
「甘いもの」、「亜麻色」。

どれも意味が異なる単語ですが、実はふたつの共通点があります。
ひとつめは、「母音」です。嗜好/思考はiou。恋愛/偏愛はenai。甘いもの/亜麻色はaaio(o)。
ふたつめは、「クロード・ドビュッシー」。そう、本日の主役です。

背が低く、太り気味で憂鬱そうな顔つき。
表情はベールに隠されたかのように読み取れず、陰気くさい。
そして極めて特徴的といえる異常に突き出た額。
しかしそんな容姿とは裏腹に、非常に高い美意識をもっていました。

一見、ドビュッシーとは無関係だと思われがちな今回のキーワード。
実はこれこそが彼の特徴であると言っても、過言ではないのです。

美しく、センスのよい、上等なものを好み、美的感覚に合わないものは完全に無視。
それはある種「偏愛」とでもいうべき傾向にあり、彼の愛した食べものにも少なからず影響を与えていました。



ドビュッシーは1862年8月22日、パリ近郊のサン=ジェルマン=アン=レイで生まれました。

彼の父親は陶器販売をしながら、革命活動に従事しており、母は束縛を嫌う母性愛の薄い人でした。
両親からの十分な愛情を受けられないまま、転機が訪れたのはドビュッシーが8歳の頃。
父親の就職先が決まり、さらに普仏戦争とパリ・コミューンの騒乱を避けるため、南仏のカンヌに住む父親の姉・クレマンティーヌの家に身を寄せたことでした。
ここで初めてドビュッシーはピアノの手ほどきを受けることになります。

クレマンティーヌは裕福なパリのブティックの経営者で、かつ子供好きでした。
銀行家で絵画コレクターだったアシル・アローザの愛人だった彼女の家には、多くの画家たちが訪れ、いたるところに絵画や芸術品が飾られていました。
この優雅な上流階級の生活風景は、ドビュッシーの美的感覚を大いに刺激したようです。

夢のような日々から一変、帰宅した一家を待ち構えていたのは革命家の父親が投獄されるという事件でした。
しかし父親は、獄中で知り合った青年の母親がアマチュアピアニストであると知ると、彼女に息子のレッスンを見てくれるよう依頼します。
晴れて夫人の元でレッスンをすることになったドビュッシーは、たちまち才能を発揮。
わずか1年足らずでパリ音楽院を受験できる実力をつけると、なんと10歳にして音楽院に入学してしまうのでした。

音楽院在籍中、才能を認められつつも思ったほど成績が伸びず、ドビュッシーは早々にピアニストの夢を断念します。
以後は作曲家として活動をするようになりますが、始めたのは作曲だけではありません。彼の人生に欠かせない“恋愛”に目覚めたのもこの時期でした。

初恋は19歳。お相手は32歳のアマチュア歌手、マリー=ブランシュ・ヴァニエ。既婚者で二児の母親でした。
彼女の子供にピアノを指導していたことをきっかけに急接近し、不倫関係に陥ってしまいます。
しかしドビュッシーが一時ローマへ赴いたことで、二人の関係は一気に終息。ドビュッシーは悲しい帰国を余儀なくされました。

そんなドビュッシーが初めて同棲する相手となったのは、ガブリエル・デュポン(通称:緑の眼のギャビー)という美しい女性。
彼女は芸術などに縁のない人でしたが、気立てがよく、貧しい生活の中でも色々と工夫をして彼を支えてきました。
ある日、ドビュッシーが二股をかけていたソプラノ歌手のテレーズ・ロジェとの婚約を発表すると、驚きと絶望を感じたギャビーは自殺を図ります。
仕方なしにギャビーと復縁するもすぐに離別。もちろんテレーズとの婚約も白紙に戻さざるを得なくなりました。

その後ブティックのマヌカンをしていたロザリー・テクシエ(通称:リリー)と結婚をしますが、案の定長くは続かず、ほどなくして金融業者の妻であるエンマ・バルダックと恋に落ちてしまいます。
1904年7月14日、「ちょっと煙草を買いに言ってくる」と行ったままエンマと駆け落ちをすると、今度はリリーも自殺を図ります。
ふたりの女性を自殺に追い込み、借金も抱えていたドビュッシーに対して、世間の風当たりはさらに厳しいものとなり、数少ない友人たちも彼のもとを去っていってしまうのでした。

そんなドビュッシーの嗜好を調べてみると、やはり恋愛と同じく彼の美学が影響しているようです。

彼は幼少の頃から美味しいものが好きでしたが、決して食いしん坊ではありませんでした。
パリ音楽院の学生時代も友人たちは食べ応えのあるお菓子をほおばっている横で、ぜいたくなものを並べたガラスケースから、可愛らしいサンドウィッチや小さなパイを選んでいたといわれるほど、量より外見を重視する性格でした。

可愛らしいちいちゃなものや、凝った繊細なものを愛したドビュッシー。
本日は、まるで女性のように小さくて上品なフランスの伝統菓子「パート・ド・フリュイ」を作ってみたいと思います。

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(材料) 20~30粒

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・ぶどうジュース 300cc
・グラニュー糖 280g
・水あめ 30g
・HMペクチン 10g
・クエン酸 6g
・水 6g

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※ドビュッシーの祖先は、ブルゴーニュ地方コート・ドル県の小村、ブノワゼー出身でした。
フランス屈指の美酒と美食で知られるブルゴーニュの中でもとりわけ有名なぶどうの産地がこのコート・ドル。
秋ともなれば、ゆたかに実ったぶどうが陽に映え、一面黄金色に輝き、黄金の斜面(コート・ドル)が見られたという。


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※ペクチンにはHMとLMタイプがあるのですが、必ずHM(ハイメトキシル)を選んでください。
ここで使うものは「ハードゼリー専用」でないと固まりません!


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※昔はクエン酸をレモンなどで代用していたのかもしれません。


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※入れすぎないように。


■下準備
クエン酸と水を合わせて、クエン酸液を作っておく。
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(作り方)
1.用意したグラニュー糖から50g(a.)と、HMペクチン(b.)を一緒にかき混ぜる。(c.)
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2.ぶどうジュース(a.)に水あめ(b.)を加え、かき混ぜながら溶かしていく。(c.d.)
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3.沸騰してきたら①を加え(a.)、1~2分経ったら残りのグラニュー糖を数回に分けて加える。(b.c.d.)
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4.③を焦がさないよう混ぜながら、108~110℃になるまで煮詰めていく。
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※温度が必ず100度以上になるように!


5.上記温度に到達したら火から下ろし、クエン酸液を加え、手早くかき混ぜる。
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※HMペクチンに酸が反応してみるみる固まるのでテキパキと!


6.好きな型に流し込み、完全に冷めきるまで見守る。
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~ 次の日… チュンチュン… ~

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7.冷めたら取り出し、カットをする。
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8.カットしたパート・ド・フリュイにグラニュー糖をまぶす。
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※ちょっと失敗しました。完璧に固まりきらなかったです。
なので手で成形したのですが、それが逆に可愛らしい感じに。


9.美しく盛り付け…できあがり。
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*☆*キャー(人´∀`○´∀`人)カワイイ*☆**☆


早速いただきました!

♥♥♥♥ 4点
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(`*´;)ヴッ……!!
み、見た目以上にマズイ…
あんなにグラニュー糖を入れたのに、まだ足りない甘み。
きちんと固まっていないことに加えて、ジュースの香りが強すぎる!
食感がマズさを助長している。
ああ、本当はピューレのような果実を入れたほうが美味しかったんだろうな。

原因は色々とありそうですが、私はパティシエじゃないのでもういいです。
でもなんか悔しい。クソウ。

結論:見た目が不味くても美味しいものの方が好き(キリッ)


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昔はペクチンが多量に含まれるアプリコットやりんご、洋ナシに限りゼリーが作られていたそうです。
その方がゼリー状になる性質が強いから。
なのでそのままペクチン添加も行わず、砂糖を倍以上使用し、30分以上煮込んでいたのだそう。
そしてクエン酸の代わりになったレモンの他にも、ベースに酸味のあるフルーツを選べば、美味しさも成功率もぐんとアップしたと言われています。

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ドビュッシーが付き合ってきた女性たちにはある共通点がありました。
それは「金髪(亜麻色」。
もはや取りつかれていると言っていいほどのこだわりでした。
しかしそんな女性たちのほとんどは知性や教養に乏しかったため、彼の知的な友人たちに紹介されることは少なかったのだそうです。

♪前奏曲集 第1集:亜麻色の髪の乙女
Preludes, Book 1 No. 8: La fille aux cheveux de lin
♪歌劇「ペレアスとメリザンド」弟3幕より《私の長い髪は、塔の下まで》
Pelleas et Melisande (Pelleas and Melisande) Act III Scene 1: Une des tours du chateau

ドビュッシーの恋愛は、単に自分を心地よくするための道具でしかなかったように感じさせます。
そしてそれは外見を含め、すべて美意識で片付けられているので、非常に打算的なものになりがちでした。
己の欲望のままに、いつまでも見果てぬ夢を彷徨っているからこそ、破滅的に追い込まれてしまったのでしょう。

1905年10月30日にドビュッシーは奇跡を目の当たりにします。
最愛の娘エマ(愛称:シュシュ)の誕生です。
ここで彼は新たな感情を実感することができました。それが“父性愛”です。

これまで女性に尽されてきた立場のドビュッシーにとって、無条件に愛情を注ぐ対象が存在するということは衝撃以外のなにものでもありませんでした。
シュシュは言わば、自分とエンマの愛の結晶。
この「愛」から「愛」が誕生する事実は、ドビュッシーの美学を超えるなにかを語りかけてきたに違いありません。
それはおのずと作曲意欲にもつながっていったのです。

♪子供の領分
Children's Corner
♪おもちゃ箱(ピアノ版)
La boite a joujoux (version for solo piano)

小さくて甘い宝石、まるでパート・ド・フリュイのように可愛いぼくの娘。
見果てぬ夢の終わりが訪れた瞬間でした。

終わり

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参考文献,資料:
平島 正郎. ドビュッシー (大音楽家・人と作品 (12)). 音楽之友社,1966
千葉真知子. 食べるクラシック. 幻冬社,2006
フリッツ・スピーグル.山田久美子=訳 恋する大作曲家たち. 音楽之友社,2001
株式会社音楽出版社, CDジャーナルムック クラシックプレス 第3号 2000年夏号

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次回予告!

この人だあれ?
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by naxosjapan | 2013-03-21 20:20 | composer