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『クラシック』と『料理』の  おいしい関係


by naxosjapan

第1回 モーツァルト 「いのちをつなぐスープ」

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Wolfgang Amadeus Mozart
(1756-1791)

モーツァルト。
彼の食生活とは一体どのようなものだったのでしょうか。

モーツァルトはわずか5歳で作曲を始め、幼少時から神童としてその才能を開花させます。
噂に違わぬ実力を発揮し、たちまち各地においても名が知れ渡るようになります。

音楽以外のことには無頓着で、大人になってもまるで子供のようだったといわれていますが、
彼の人気は衰えを知りませんでした。
演奏会の依頼は途切れることなく、当然華やかな場へ赴く機会も増えていきました。

演奏会後に行われた華やかな舞踏会、煌びやかな衣装をまとう人々。
晩餐会のためにしつらえた料理はまさに豪華絢爛。それはこんなふうであったと言われています。

鹿フィレ肉の煮込み、ハラ茸のバター炒め、タンの塩漬け、キジの姿焼き、七面鳥のソテー、蒸したカニ。
歯が溶けそうなほどの甘い菓子、宝石のように艶めいた果物の数々。

「まるで夢みたい。」
絵画や映画でみるような映像美の中、優雅に食事を味わう彼の姿を想像されるかもしれません。
しかし実際のモーツァルトは35年という短い人生の中で、何度も瀕死の危機を体験してきた苦労人でした。
そしてこの受難の日々の影にこそ、彼の愛し続けた料理の記憶も残されていたのです。



1756年1月27日、オーストリアのザルツブルグ市街でモーツァルトは生まれました。

成長し少年となったモーツァルトは非常に素直な子供でした。
ただ生まれつき病弱で身長は低く痩せており、顔は青白く、全体的に貧相な見た目をしていました。

モーツァルトは人生の三分の一を、演奏旅行に費やしていました。
幼き頃から厳格な父親に命ぜられるままにヨーロッパ中を旅していたからです。

年がら年中の馬車による移動は過酷を極めました。
暑さ寒さを耐え忍び、睡眠も食事も満足いかぬ中、命がけでひたすら目的地へと向かいました。

当時まだ6歳で病弱であったモーツァルトは体力も抵抗力も備わっているはずもなく、
現在とは比べものにならないほどの不衛生さの中では、すぐに病気にかかってしまうのでした。
薬も医学もおよそないに等しい時代。
さらに限られた金銭状況の中では、何もかも我慢するより仕方がないのでした。

実はその背景にはある人物の存在が大きく影響しています。
それはモーツァルト家の主(あるじ)、レオポルト・モーツァルトです。
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Johann Georg Leopold Mozart
(1719-1787)

父・レオポルトはモーツァルト家にとって絶対的な存在でした。
当時の父権制社会を考えると特に珍しいことではありません。

レオポルトは酷く倹約家でしたが、子供たちの健康を常に念頭に置いていました。
食事療法などにも高い関心をもち、実践することが多かったといいます。
中でも特に参考にしていた書籍は「ザクロ」という薬膳料理の本でした。
これはさまざまな病気にあわせた食事療法が記載されている実用書で、当時はとても高価なものでした。

実はこの中にモーツァルトの病を治し、彼の命をつなげてきた料理があるのです。
それは、スープです。

モーツァルトが人生はじめての旅に出たのは、1762年1月12日。
パン、ワイン(安全な飲料水がないため)、水、果物、ハムを持参して、130キロ先のミュンヘンを目指しました。

しかしモーツァルトは早々にリンツで、「カタル」という咽頭炎(いんとうつう)と鼻炎に見舞われます。
ザルツブルグに帰るまでには「しょう紅熱の発疹」アレルギー、チフス、ウィルス性肝炎、歯痛、急性リウマチ性関節炎を度々再発するなど、さまざまな病気に苛まれました。

息子が病気になると、父・レオポルトは真っ先にスープを作りました。
このスープはモーツァルトが療養中に必ず口にする、彼の家の定番スープなのでした。

ここではその定番スープの中から、父・レオポルトも特に好んだといわれる
「薬草スープ」の作り方を、ご紹介したいと思います。

■薬草スープ
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(材料)
・薬草 適量
- オランダセリ (パセリ)
- ヒナギク (食用菊)
- ほうれん草
- ウイキョウ (フェンネル)
・卵 1個
・サワー・クリーム 40g
・食パン 1枚
・ブイヨン 3個 (マギーブイヨンを使用)
・水 1L

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古くから漢方薬にも利用されている食用菊。
生で食べたら意外においしかった。

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ウイキョウがフェンネルだと初めて知りました。             まるでお米みたい。

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(作り方)

1.用意した薬草をすべて、細かくみじん切りにする。(A)
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左から時計まわりに、ほうれん草、パセリ、食用菊。
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結局使ったのはこれだけ。


2.鍋の中で熱したブイヨンの中に(A)を入れ、さらに加熱する。
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約1Lの水でブイヨンを溶かす。
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投、
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入!


3.そこへ卵とサワークリームを加え、よくかき混ぜ、鍋にフタをする。(B)
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左 卵(かき混ぜ入れます) 右 サワークリーム(40gくらい入れます)
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フタをします=3



4.トーストした食パンを食べやすい大きさに切る(C)
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このままでもおいしそう。
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ザクザク
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一口大にしました。



5.お皿に(C)を盛りつけ、さきほどの(B)を上にかける。
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グイグイ
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こんなふうに並べます。
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スープをたっぷりかけます。


できあがり
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お好みで塩を少々。


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早速、試食してみました。

♥♥♥♥ 4点
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日本で例えるなら、『七草ミルク粥』という感じです。
パンがお粥のような役割を果たしているというわけです。
見ためは少々グロテスクですが、それ以上にやさしいお味でした。
そこまでおいしくもなく、かつ食べられなくもない。
私だったら、パンは別々にします。
なにせ病人食ですから、歯にも胃にもやさしい仕上がり。
卵はかきまぜないで、落とし卵にした方がおすすめです。


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ちなみにスープとは、当時煮汁などで柔らかくなった「パン」を意味していました。
中世までは固くなったパンがお皿として使われ、これに料理が盛られたために、
すぐに煮汁でやわらかくなったのです。

スープはパンにかけて食べられるもの。
モーツァルトの幼少時はこれが常識でした。

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スープの効果なのか、この後モーツァルトは回復し、人生初のコンサートをリンツで開きました。
その21年後、彼は姉・ナンネルと再度この地を訪れ、あの交響曲第36番「リンツ」を作曲したのです。

交響曲第36番 ハ長調 K.425 「リンツ」
Symphony No. 36 in C major, K. 425, "Linz"
♪第1楽章
♪第2楽章
♪第3楽章
♪第4楽章

当時の苦しい記憶などまるでなかったかのような、明るく晴れやかな交響曲に仕上がっています。

彼の素晴らしい作品が後世に残り、今日の私たちに感動を与えてくれている事実は
モーツァルト家のスープなしに考えられなかったことでしょう。

苦しい病魔に冒されながらも、彼はこのスープを一口食べるたびに、
家族で囲んだ温かい食卓の記憶を、父の無償の愛を感受していたに違いありません。
私もわずかではありますが、あの香り、あの食感、あの温度を体感し、彼に注がれた愛情を垣間見ることができたように思います。

モーツァルトにとってスープとは、いわば原点。それは家族のようなもの。
ひとたび口にいれれば、家族との想い出が鮮明によみがえり、ひとときの幸せと安らぎを感じさせてくれる。
それは明日への喜びであり、生きる力であり、生命の源であるということ。

彼はきっとこのことを誰よりも実感して生きた作曲家だ、とそう思うのでした。 

終わり

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参考文献: 関田淳子. モーツァルトの食卓. 朝日新聞出版,2010

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by naxosjapan | 2012-10-15 12:00 | composer